食で奏でる旅の記憶

 ~徒然なる食と旅の備忘録~

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日本100名城(33番)の一つにも選定されている高岡城は,1609年に加賀前田家2代当主で加賀藩初代藩主の前田利長によって,現在の高岡市街地のほぼ中心部に築かれた平城です。わずか 6 年後の 1615年に一国一城令により廃城となりましたが,その後も美しい水堀や土塁は残され ...

富山市の中心部にある「富山城址公園」は,富山藩前田家の居城・富山城の城跡に整備された緑豊かな公園です。現在は本丸と西丸の一部が残り,本丸枡形虎口の石垣上には三層の模擬天守が建てられています。「富山城址公園」「盲導犬 顕彰の像」「富山城」「案内図」「芝生広場 ...

日本100名城(41番)の一つにも選定されている「駿府城(別名:静岡城)」は,静岡市(元・駿府国府の所在地)に築かれた平山城です。安土桃山時代,駿府国の大名となった徳川家康は,1585年から居城として駿府城の築城を始め,1589年に完成させました。翌1590年,家康が豊臣 ...

日本100名城(77番)の一つにも選定されている高松城は,豊臣秀吉の四国制圧の後,1587年に讃岐一国の領主となった生駒親正によって当時 “野原” と呼ばれた瀬戸内海に面した港町に築かれた海城で,1590年に完成しました。生駒氏転封後の 1642年には,松平頼重に東讃12万石 ...

日本100名城(25番)の一つにも選定されている「甲府城(別名,舞鶴城)」は,甲府盆地の北部,甲府市中心街にほど近い一条小山と呼ばれる丘陵地に築かれた平山城です。武田氏滅亡後に豊臣秀吉の命により築城され,江戸時代に入ってからは徳川家が城主となり,外敵の江戸への ...

松阪駅(JR 紀勢本線,近鉄山田線)から歩いて 15 分ほどのところに,国の史跡に指定され,さらには日本100名城(48番)の一つにも選定されている「松坂城跡」があります。松坂城は,1584年に羽柴秀吉より伊勢国12万3千石を与えられ松ヶ島城(三重県松阪市)に封ぜられた蒲生 ...

日本100名城(25番)の一つにも選定されている「甲府城(別名,舞鶴城)」は,甲府盆地の北部,甲府市中心街にほど近い一条小山と呼ばれる丘陵地に築かれた平山城です。武田氏滅亡後に豊臣秀吉の命により築城され,江戸時代に入ってからは徳川家が城主となり,外敵の江戸への ...

日本100名城(76番)の一つにも選定されている徳島城は,1585年に阿波国に入封した蜂須賀家政が,吉野川河口付近の中洲に位置する標高61メートルの城山に築いた山城と城山周囲の平城からなる連郭式の平山城です。以後,江戸時代を通して徳島藩・蜂須賀家の居城となりましたが ...

JR 東北本線国府多賀城駅から徒歩 15 分ほどのところに,国の特別史跡に指定されている「多賀城跡」があります。724年, 大野東人によって創建された多賀城は,11世紀中頃まで東北地方の政治・文化・軍事の中心地でした。発掘調査の結果,多賀城には陸奥国府と鎮守府が置かれ ...

「皇居東御苑」は東京都千代田区の皇居の東側に付属している広さ約 21 ヘクタールの庭園で,かつての江戸城の本丸・二の丸・三の丸跡に位置しています。明治時代から戦前までは宮内庁や皇室関連の施設がありましたが,戦後の1963年に特別史跡に指定され,1968年から一般公開 ...

・・・昨日の続き「鉄御門跡」「天守台礎石」「埋門跡」「大天守台跡」展望台になっています。「裏御門跡」「二の丸の石垣」「鉄砲櫓跡」「多門櫓」「生捕櫓跡」「二の丸南郭」「御祈念櫓跡」「烽火番所跡」舞鶴球戯場を望めます。「東御門跡」「鴻臚館」「上之橋御門跡」「 ...

関ヶ原の戦いでの功績によって,徳川家から筑前 52 万石を与えられた福岡藩初代藩主・黒田長政は,慶長 6 年(1601年)から 7 年の歳月をかけて那珂郡警固村福崎の地に福岡城を築城しました。天守台を中心にして本丸,二の丸,東西の三の丸,南丸が配され,その周囲を堀で囲 ...

川越城本丸御殿は,1848年(嘉永元年),時の藩主・松平斉典(なりつね)が造営した入母屋造りで,豪壮な大唐破風と霧除けのついた大玄関・車寄せを有します。当時は16 棟・1025 坪の規模を誇っていましたが,明治維新以降徐々に解体され,現存しているのは玄関・大広間部分 ...

天正11年(1583年),真田昌幸が築城した上田城は徳川軍の猛攻を二度にわたって撃退した(上田合戦)不落の名城として知られています。関ヶ原の戦いでの敗戦後に廃城となりましたが,後の上田藩主・仙石氏により一部復元・改修され,現在は上田城跡公園として整備されていま ...

・・・昨日の続きしなの鉄道小諸駅から東西自由通路を渡ってすぐのところにある「小諸城址 懐古園」は,小諸城址に整備された市営公園です。現在は天守台や石垣のほかに 2 つの重要文化財が残されており,そのひとつは市街地にある大手門で,もうひとつは懐古園の入り口にあ ...

しなの鉄道小諸駅から東西自由通路を渡ってすぐのところにある「小諸城址 懐古園」は,小諸城三の門や苔むした石垣,ケヤキ大樹の中で四季折々の風情を楽しむことができる市営公園です。小諸城は1487年に大井光忠によって築城されたと考えられており,その後石垣を構築した ...

しなの鉄道小諸駅から歩いて 3 分ほどのところにある小諸城大手門は,小諸城の表玄関(正門)にあたる二階門型の櫓門で,1612年(慶長17年),小諸藩初代藩主・仙石秀久が築いたとされています。当時としては珍しい瓦葺だったため瓦門とも呼ばれ,華美な装飾をはぶいた質実剛 ...

長野県の東部,浅間山の南斜面に広がる小諸市は,中央部を千曲川が流れる詩情豊かな高原都市です。かつては小諸藩の城下町が形成され,中山道,北国街道,甲州街道の交わる交通の要所として栄えました。東京からは北陸新幹線としなの鉄道を乗り継いで 1 時間 30 分 ~ 2 時間 ...

かつて牧長清氏(織田信長の妹婿)が築いた小林城の城跡にひっそりと佇んでいる「清浄寺」は,尾張藩第二代の徳川光友郷によって徳川家累代の祈願所として創建されました。現在,小林城の姿はなく,本堂裏には延命地蔵尊で知られる矢場地蔵尊が建っており,地元では “矢場 ...

上田城は天正11年(1583年)に真田昌幸が築城した平城で,徳川軍の猛攻を二度にわたって撃退した(上田合戦)不落の名城として知られています。関ヶ原の戦いでの敗戦後に廃城となりましたが,のちの上田藩主・仙石氏によって一部復元・改修され,現在は上田城の本丸、二の丸 ...

歴代加賀藩主前田家の居城であった金沢城は,金沢平野のほぼ中央を流れる犀川と浅野川に挟まれ,金沢平野を一望できる小立野台地(こだつのだいち)の先端に築かれた平山城です。1583年に前田利家が入城してから本格的な城づくりが始められましたが,1759年の宝暦の大火によ ...

1597年(慶長 2年),宇喜多秀家により築城された岡山城は,壁に黒漆塗りの下見坂を配したことから外観が黒く,別名「烏城(うじょう)」と呼ばれています。戦災により天守閣は焼失しましたが,1966年(昭和41年)に再建され,復元天守閣の内部は展示室として,城跡は烏城公 ...

仙台城は17世紀初頭に初代仙台藩主伊達政宗によって,仙台平野を見下ろす青葉山に築かれました。仙台城は通称・青葉城とも呼ばれ,標高は高いところで 131.4 m,東は広瀬川に落ちる 64 m の断崖絶壁,南は 80 m の深さの竜ノ口峡谷が固める天然の要害となっています。現在, ...

盛岡市内にある盛岡城は,北上川,雫石川,中津川を自然の壕に利用した城で,不来方城(こずかたじょう)とも呼ばれていたそうです。現在は石垣や池が残り,岩手公園として四季を通して市民に親しまれる公園となっています。園内には宮沢賢治の詩碑や,石川啄木の歌碑があり ...

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