「天寧寺」は,1422年に会津にきた傑堂禅師が,11代芦名盛信の建立によって創立したお寺です。かつては末寺33カ寺,12の寺院をかぞえましたが,伊達氏の侵攻にあって焼けたため,当時の面影は本堂の礎石にわずかに残るのみとなっています。天寧寺の裏手の墓地には,新選組の近藤勇の墓があります。土方歳三が遺髪などを持っていて会津戦の折,ここに仮埋葬したと言われています。

「近藤勇之墓参道案内図」
近藤勇之墓参道案内図_edit

近藤勇碑 墓所看板_edit

「熊野神社」
熊野神社_edit

「天寧寺の参道」
参道 2_edit

参道 4_edit

参道 6_edit

参道 8_edit

参道 9_edit

「本堂」
本堂 2_edit

本堂 4_edit

「毘沙門天札所」
毘沙門天札所 2_edit

「合同墓」
合同墓 2_edit

「毘沙門堂」
毘沙門堂 1_edit

毘沙門堂 3_edit

近藤勇の墓までは,所々で案内板が設置されているので,迷うことはありません。
近藤勇の墓所看板 2_edit

近藤勇の墓所看板 3_edit

山の中腹からは市街地を臨むことができます。
市街地を望む 1_edit

「近藤勇の石碑」
近藤勇の石碑_edit

「近藤勇の墓」 
戊辰戦争に敗れ刑死した新選組局長・近藤勇の墓は日本各地にありますが,天寧寺境内の裏手には土方歳三が遺体の一部を葬ったとされるお墓があります。
近藤勇の墓 6_edit

近藤勇の墓 3_edit

近藤勇の墓 5_edit

「正法寺」
正法寺 1_edit

「稲荷大神」
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福島県会津若松市東山町大字石山天寧 208