日本100名城(77番)の一つにも選定されている高松城は,豊臣秀吉四国制圧の後,1587年に讃岐一国の領主となった生駒親正によって当時 “野原” と呼ばれた瀬戸内海に面した港町に築かれた海城で,1590年に完成しました。生駒氏転封後の 1642年には,松平頼重に東讃12万石が与えられ,城内の改修が行われました。その後,11 代にわたって松平氏の居城としてその姿を見せていましたが,1868年,官軍に開城することになり,1884年には天守が解体されました。現在は「高松城跡・玉藻公園」として整備され,一般に開放されています。

「旭橋」
旭橋 1_edit

旭橋から中堀を望む_edit

艮櫓がみえます。
旭橋から艮櫓を望む_edit

「旭門」
旭門_edit

「石垣」
石垣 1_edit

「艮櫓(うしとらやぐら)」
艮櫓 3_edit

玉藻公園 1_edit

「中堀」
中堀_edit

「桜御門跡」
桜御門跡 2_edit

「竜櫓跡」
竜櫓跡_edit

「陳列館」
高松城や歴代藩主に関する文化財や資料を展示しています。
陳列館_edit

「管理事務所」
管理事務所 1_edit

「披露閣」
披露閣 2_edit

「披露閣庭園」
披露閣 2_edit

披露閣 3_edit

内堀の向こうに天守閣跡を望むことができます。
天守閣跡 4_edit

天守閣跡 5_edit

「披露閣庭園」
披露閣庭園 1_edit

披露閣庭園 2_edit

披露閣庭園 4_edit

「月見櫓・水手御門・渡櫓」
月見櫓・水手御門・渡櫓 2_edit

月見櫓・水手御門・渡櫓 3_edit

月見櫓・水手御門・渡櫓 7_edit

月見櫓・水手御門・渡櫓 8_edit

「水門」
高松城は堀と海がつながっており,潮の干潮による水位調節のため水門が設けられています。
水門 2_edit

「鉄門(くろがねもん)跡」
かつて,三の丸から二の丸へ入る門として鉄門がありました。
鉄門跡 2_edit

「二の丸跡」
二の丸跡 4_edit

二の丸跡 5_edit

「鞘橋」
二の丸と本丸を結ぶ屋根付きの橋です。
鞘橋 1_edit

鞘橋 2_edit

橋からは内堀や天守閣跡を望むことができます。
鞘橋から内堀を望む 1_edit

鞘橋から天守閣跡を望む 1_edit

鞘橋から内堀を望む 4_edit

「本丸跡」
本丸跡 1_edit

本丸跡 2_edit

「天守閣跡」
天守閣跡 6_edit

天守閣跡 8_edit

天守閣跡 9_edit

天守閣跡の展望デッキからは,園内を一望することができます。
天守閣跡から内堀を望む 4_edit

天守閣跡から内堀を望む 5_edit

天守閣跡から披露閣を望む_edit

「簾櫓跡」
簾櫓跡_edit

「西門」
西門 1_edit

玉藻公園 2_edit

西門 2_edit

玉藻公園 3_edit

香川県高松市玉藻町 2-1