福岡県東部に位置する小倉(こくら)は,かつては小倉藩の城下町として栄え,九州各地に通ずる街道の玄関口として大変な賑わいを見せていました。その後は ”小倉市” として北九州工業地帯の中心となり,商業のほかに軍需工業の発展もみられました。1963年,5 つの市(小倉市・門司市・若松市・八幡市・戸畑市)が合併して北九州市となり,政令指定都市への移行に伴って小倉市は小倉区となりました。1974年に小倉区は小倉北区と小倉南区に分区されたため,旧小倉市は現在の北九州市小倉北区小倉南区に相当します。1975年には山陽新幹線が開通し,1985年には日本初の都市モノレール小倉線も開通するなど,小倉は現在も北九州市の中心都市として大きく発展し続けています。

「JR 小倉駅」
JR 小倉駅 1_edit

JR 小倉駅 2_edit

「都市モノレール小倉線」
都市モノレール小倉線 2_edit

JR 小倉駅 5_edit

JR 小倉駅 9_edit

「祇園太鼓」
祇園太鼓_edit

「銀河超特急999号 車掌」
漫画家の松本零士氏が小学校 3 年から高校を卒業するまでの時期を小倉で過ごしていた縁で,小倉駅には氏の代表作である『銀河鉄道999』や『キャプテンハーロック』の人気キャラクターの像が設置されています。
銀河超特急999号 車掌 2_edit

「メーテルと鉄郎」
JR 小倉駅北口に置かれています。
メーテルと鉄郎 2_edit

「メーテル」
メーテル 2_edit

「鉄郎」
鉄郎 2_edit

「キャプテン・ハーロック」
キャプテンハーロック 1_edit

キャプテンハーロック 3_edit

「森鴎外京町住居跡碑」
明治の文豪・森鴎外は,37歳のときに軍医として小倉に赴任し,40歳で東京に戻るまでの約 3 年間を小倉の地で過ごしました。その前半は JR 小倉駅から徒歩10分ほどの鍛冶町(史跡森鴎外旧居)に住み,後半は JR 小倉駅前の京町に住みました。
森鴎外京町住居跡碑 2_edit

「銀天街発祥の地」
今では日本各地にみられるアーケード付き商店街ですが,その発祥の地は小倉にあります。
銀天街発祥の地_edit

「魚町銀天街」
JR 小倉駅の南側に広がる「魚町銀天街」は,1951年10月に日本初のアーケード(屋根つき商店街)として開業し,現在も小倉の中心的商店街となっています。その名前は “銀の天井に輝く街” を意味しています。
銀天街 1_edit

銀天街 2_edit

「鳥町食道街」
魚町銀天街から東へ延びる長さ約 70メートル,幅 2 メートルほどの路地に,昭和レトロな雰囲気が漂う鳥町食堂街があります。終戦直後に一帯に闇市ができて小倉随一の飲食店街となって以来,小倉の台所として 70 年以上にわたって小倉の食を支えてきました。
鳥街食堂街 2_edit

鳥街食堂街 3_edit

鳥街食堂街 5_edit

「紫川」
紫川 1_edit

紫川 4_edit

紫川 6_edit

「鴎外橋」
鴎外橋_edit

鴎外橋の『鷗』_edit

「乃木希典居住宅の趾」
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「松本零士クロスロードミュージアム」
松本零士クロスロードミュージアム 1_edit

松本零士クロスロードミュージアム 2_edit

松本零士クロスロードミュージアム 3_edit

松本零士クロスロードミュージアム 4_edit

松本零士クロスロードミュージアム 5_edit

福岡県北九州市小倉北区・小倉南区