JR 小倉駅から徒歩 15 分ほどのところに「小倉城」があります。その歴史は,戦国末期の1569年に中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことに始まります。その後,関ヶ原の戦いで徳川方の武将として活躍した細川忠興が小倉の地を治め,1602年から本格的な築城が始まりました。完成までに約 7 年の歳月を要し,以後,小倉は小倉藩の城下町として賑わいました。1632年,細川家が肥後国(熊本県)に転封後に播磨国から譜代大名の小笠原忠真が小倉に入国してからは,小笠原氏による統治が続きました。幕末期になると,小倉は長州征伐の第一線基地となり,1866年には自らの手により小倉城に火が放たれ,焼失してしまいました。現在の小倉城は 1959年に復元されたものです。

「虎ノ門口」
虎ノ門口 3_edit

「水堀」
水堀 1_edit

水堀 3_edit

「天守閣」
天守閣 2_edit

天守閣 4_edit

天守閣 5_edit

「大手先門跡」
大手先門跡_edit

「大手門跡」
大手門跡 3_edit

「天守閣」
天守閣 9_edit

天守閣 12_edit

天守閣 14_edit

天守閣 17_edit

天守閣 19_edit

「誠心直道之碑」
誠心直道之碑 2_edit

「本丸」
本丸_edit

「着見櫓(糠蔵)」
天守閣の西隣にあるのが着見櫓で,かつてはこの櫓から海を望み,沖を行き交う船を監視していました。現在は漬物処「糠蔵(ぬかぐら)」の店舗として営業しており、ぬか漬けのぬかをサバやイワシなどと煮込んだ小倉の名物郷土料理「ぬか炊き」を購入することができます。
着見櫓(糠蔵) 2_edit

「槻門跡」
槻門跡 1_edit

「西ノ口門跡」
西ノ口門跡_edit

「井戸跡」
井戸跡 2_edit

「松の丸」
松の丸 2_edit

松の丸 3_edit

「白洲灯台」
白洲灯台 5_edit

白洲灯台 6_edit

「横山白虹の句碑」
横山白虹は俳人として活躍していた医師です。九州帝国大学医学部を卒業し,小倉市(現・北九州市)で横山外科病院を設立しました。
横山白虹の句碑 3_edit

「空堀」
空堀 1_edit

空堀 2_edit

「多聞口門跡」
多聞口門跡 1_edit

「水堀」
水堀 4_edit

水堀 6_edit

福岡県北九州市小倉北区城内 2-1