軍医でもあった明治の文豪・森鴎外は,37歳のときに旧陸軍第12師団軍医部長として小倉に赴任し,40歳で東京に戻るまでの約 3 年間を小倉の地で過ごしました。JR 小倉駅から徒歩10分ほどの鍛冶町に,森鴎外の旧居があります。家は六間から成る日本家屋で,帰京後に書いた小説『鶏』はこの家が舞台となっています。現在は「史跡森鴎外旧居」として文化財に指定され,無料で一般公開されています。

「史跡森鴎外旧居」
森鴎外旧居 1_edit

「門」

門 1_edit

「胸像」
胸像 3_edit

「縁側」
縁側 3_edit

「沙羅の木」
沙羅の木_edit

「座敷」
座敷 5_edit

「天馬行空の書」
天馬行空の書_edit

「吊階段」
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「花壇」
花壇 2_edit

「裏庭」
裏庭 2_edit

「流しとカマド」
流しとカマド 2_edit

「通り土間」
通り土間は資料閲覧スペースになっており,年譜や貴重な関連資料が展示されています。
通り土間_edit

資料閲覧スペース 1_edit

資料閲覧スペース 2_edit

「森鴎外のパネル」
森鴎外のパネル 2_edit

「森家の略系図」
森家の略系図_edit

「遺言書」
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「森鴎外旧居」

森鴎外旧居 5_edit

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福岡県北九州市小倉北区鍛冶町 1-7-2