JR 京都駅から徒歩 5 分ほどのところにある「東本願寺」は真宗大谷派の本山で,正式名称は「真宗本廟」ですが,「本願寺」の東に位置することから,一般には「東本願寺」と呼ばれています。本願寺は宗祖である親鸞聖人の門弟らが宗祖の遺骨を大谷(京都市東山山麓)から吉水(京都市円山公園付近)の北に移し,廟堂を建て宗祖の影像を安置したことを起源とし,御影堂には宗祖・親鸞聖人の御真影が,阿弥陀堂にはご本尊の阿弥陀如来が安置されています。初代の親鸞聖人から第11代の顕如(けんにょ)までは東西の本願寺は同じ宗派でしたが,第12代の准如(じゅんにょ)のときに西と東に分立しました。第11代・顕如の没後,一度は長男である教如(きょうにょ)が第12代目として本願寺を継ぎましたが,豊臣秀吉より隠退処分をうけ,弟(三男)の准如が第12代目を継職しました。しかし,その後も活動を続けたは教如は,秀吉没後,関ヶ原の戦いを経て,1602年に京都烏丸六条・七条間の地を徳川家康から寄進されました。翌1603年,この地に阿弥陀堂を建立し,新たな本願寺を創立しました。これが大谷派本願寺の起源で,後に「東本願寺」と通称されるようになり,准如が継承した本願寺は「西本願寺」と通称されるようになりました。

「御影堂門」
御影堂門前_edit

御影堂門前の噴水 2_edit

御影堂門 3_edit

御影堂門 9_edit

御影堂門 4_edit

御影堂門 5_edit

御影堂門 6_edit

「阿弥陀堂門」
阿弥陀堂門 1_edit

「大天水鉢」
大天水鉢_edit

「鐘楼」
鐘楼 2_edit

「撞鐘」
撞鐘 1_edit

「総合案内所」
総合案内所_edit

「手水舎」
手水舎 2_edit

手水舎の龍_edit

「境内」
境内 3_edit

境内 2_edit

「阿弥陀堂」
阿弥陀堂 8_edit

阿弥陀堂 5_edit

「御影堂」
御影堂 1_edit

御影堂 5_edit

御影堂 8_edit

「阿弥陀堂と御影堂」
阿弥陀堂&御影堂 1_edit

「大灯籠」
大灯籠_edit

「天水受け」
天水受け_edit

「参拝接待所」
参拝接待所 1_edit

「高廊下」
高廊下 3_edit

「お堀」
東本願寺の周りにはお堀があります。
阿弥陀堂門前 2_edit

お堀 3_edit

お堀 2_edit

「菊門」
菊門 2_edit

「玄関門」
玄関門 2_edit

「宗務所門」
宗務所門 2_edit

「内事門」
内事門 3_edit

京都市下京区常葉町 烏丸通七条上る常葉町 754