JR 岐阜駅からバスで 15 分ほどのところにある「岐阜公園」は,岐阜城を頂に構える金華山と鵜飼で名高い清流・長良川に囲まれた都市公園で,市民の憩いの場として親しまれています。

「岐阜公園」
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「円空美術館」
江戸時代,諸国を旅しながら ‟円空仏” と呼ばれる独特の作風を持った仏像を彫り続けた円空は,生涯に約12万体の仏像を彫ったとされています。円空仏は全国に所在しますが,中でも岐阜県,愛知県には円空の作品と伝えられる木彫りの仏像が数多く残されています。
円空美術館 1_edit

円空美術館 8_edit

円空美術館 9_edit

円空美術館 5_edit

円空美術館 6_edit

「岐阜市歴史博物館」
岐阜市歴史博物館 2_edit

「女神の噴水」
女神の噴水 1_edit

女神の噴水 4_edit

「名和昆虫博物館」
名和昆虫博物館 2_edit

名和昆虫博物館 6_edit

名和昆虫博物館 5_edit

名和昆虫博物館 3_edit

名和昆虫研究記念昆虫館 2_edit

「殉職警察官・消防員忠魂碑」
殉職警察官・消防員忠魂碑 2_edit

岐阜公園 4_edit

「板垣退助の銅像」
板垣退助が自由党党首として全国遊説中の1882年4月6日,当時この場所にあった中教院で暴漢に襲われた岐阜事件を史実として残すために有志が建設したものです。板垣退助遭難事件,岐阜遭難事件とも言われ,「板垣死すとも自由は死せず」の由来となった事件として知られています。
板垣退助の銅像 1_edit

板垣退助の銅像 3_edit

「板垣退助遭難の地」
板垣退助遭難の地 2_edit

「冠木門(かぶきもん)」
信長居館跡の入り口です。
冠木門 4_edit

「織田信長居館跡」
巨石を用いた通路や石垣,水路礎石などが保存整備されています。当時,御殿へと通じる道の両側に石を積んだ塀がめぐらされ,その先の上段の千畳敷と呼ばれるところに信長の御殿がありました。
織田信長居館跡 1_edit

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現在も発掘調査が続いています。
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奥には金華山ロープウェイと三重塔が見えます。
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「小木曽旭晃の句碑」
‟羽つくろふ鵜やかがり火の消ゆるころ”
小木曽旭晃の句碑_edit
明日へ続く・・・

岐阜県岐阜市大宮町 1 丁目 7