和歌山市の中心部にそびえ立つ「和歌山城」は,徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城で,日本100名城のひとつにも数えられる名城です。1585年,紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に命じて城を築かせたのが始まりで,まず秀長の城代として桑山重晴が入城し,1600年には関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長が城主となりました。その後,1619年に徳川家康の10男・頼宣が紀州55万5千石を拝領し城主となり,以来,水戸藩・尾張藩と並び徳川御三家のひとつとして長い歴史を刻んできました。1871年,廃藩置県により廃城となり多くの建築物が解体・移築されました。現在の天守閣は1958年に再建されたものです。

「和歌山城」
和歌山城 1_edit

「一の橋と大手門」
一の橋と大手門 3_edit

一の橋と大手門 4_edit

一の橋と大手門 5_edit

「北堀」
一の橋と北堀 4_edit

「大手門」
大手門 2_edit

大手門 3_edit

「一の橋の樟樹」
一の橋の樟樹 3_edit

一の橋の樟樹 2_edit

一の橋の樟樹 5_edit

「一中門跡の石垣(打込みハギ)」
一中門跡の石垣(打込みハギ) 1_edit

一中門跡の石垣(打込みハギ) 2_edit

「一中門跡の石垣(切込みハギ)」
一中門跡の石垣(切込みハギ)_edit

「伏虎像」
伏虎像 2_edit

伏虎像 3_edit

伏虎像 5_edit

「石垣(野面積み)」
石垣(野面積み) 2_edit

石垣(野面積み) 3_edit

「表坂」
表坂登り口_edit

表坂 1_edit

表坂 2_edit

「松の丸跡」
松の丸跡 1_edit

松の丸跡 4_edit

松の丸跡からは東堀や岡口門を望むことができます。
松の丸跡から岡口門を望む_edit

松の丸跡から東堀を望む 1_edit

松の丸跡の石垣は野面積みです。
松の丸跡の石垣(野面積み) 1_edit

「七福の庭」
七福の庭 3_edit

松の丸跡は高石垣となっており,城内を一望することができます。
松の丸跡 7_edit

松の丸跡 8_edit

ほどなくすると天守閣が見えてきます。
松の丸跡から天守閣を望む 1_edit

周囲は野面積みの石垣に囲まれています。
松の丸跡の石垣(野面積み) 4_edit

松の丸跡のゆるやかな坂を登っていくと,和歌山城の大天守閣が見えてきます。 
大天守閣 1_edit

「まりと殿さまの歌碑」
まりと殿さまの歌碑 2_edit
明日に続く・・・

和歌山県和歌山市一番丁 3