関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は,清州から新城下への町移転(清州越し)と名古屋城の築城を決定しました。1612年に完成した名古屋城には尾張初代藩主として家康の九男・義直が入城し,以降,徳川家の居城として利用されました。日本三名城のひとつにも数えられ,シンボルとなっている天守閣の金のシャチホコから別名 ‟金鯱城” とも呼ばれています。

「市営地下鉄名城線 市役所駅」
最寄りの駅である市役所駅からは歩いて 5 分ほどです。
名城線 市役所駅 4_edit

「名古屋城」
名古屋城 2_edit

「正門」
正門 1_edit

「西之丸」
西之丸 5_edit

「カヤの木」
樹齢600年以上とも伝えられ,国の天然記念物にも指定されています。
名古屋城のカヤ 1_edit

「西南隅櫓」
西南隅櫓 2_edit

「東南隅櫓」
東南隅櫓 10_edit

「清正公石曳きの像」
天守の石垣普請は加藤清正に割り当てられました。巨石を運ぶにあたり,清正自ら石の上に乗って音頭をとったと伝えられています。
清正公石曳きの像 2_edit

「表二之門」
表二之門 6_edit

「表一之門跡」
表一之門跡_edit

「本丸御殿」
かつて名古屋城天守閣の南側に立ち並んでいた御殿で,戦災で消失するまでは国宝に指定されていました。2009年より復元工事が始まり,全体の完成は2018年の予定となっています。
本丸御殿 4_edit

「本丸の石垣」
石垣には刻紋がみられます。
本丸の石垣 2_edit

「東一之門跡」
東一之門跡_edit

「旧二之丸東二之門」
旧二之丸東二之門 1_edit

「清正石」
推定重量は約 10 t の加藤清正にちなんだ巨石です。
清正石 1_edit

「不明門」
本丸北側と御深井丸をつなぐ門ですが,厳重に施錠されあかずの御門と呼ばれていました。
不明門 1_edit

「天守礎石」
1945年に焼失した旧国宝天守の礎石で,巨大な天守を支えていました。
天守礎石 1_edit

「石棺式石室」
島根県松江市山代町にあった団原古墳の石室です。
石棺式石室 1_edit

「鵜の首」
鵜の首とは塀を内側に入れ込んで道幅を狭くした部分で,本丸への敵の侵入を防いでいました。
鵜の首 2_edit

「大天守閣&小天守閣」
大天守閣&小天守閣 3_edit

「剣塀」
土塀の軒先に槍の穂先を並べて,壁を超えて侵入する敵を防ぎました。別名,忍返しとも呼ばれています。
剣塀 2_edit

「大天守閣」
大天守閣 19_edit

大天守閣 27_edit

「空堀」
大天守閣横の空堀_edit

「お堀の鹿」
お堀には鹿が住んでおり,最盛期には50頭以上いたそうです。
お堀の鹿 2_edit
明日へ続く・・・

愛知県名古屋市中区本丸 1-1