小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は 1890年(明治39年)に来日し,その後まもなくして島根県尋常中学校(現・島根県立松江北高等学校)及び島根県尋常師範学校(現・島根大学)の英語教師となりました。翌年,松江藩士の娘・小泉セツと結婚してから,熊本に転任するまで住んだ武家屋敷が小泉八雲旧居として公開されています。小泉八雲記念館は,彼の資料を展示・公開する世界で唯一の単独施設で,近世の町並みが残る「塩見縄手」(松江城の北側の堀沿い)の小泉八雲旧居に隣接しています。

「小泉八雲旧居」
小泉八雲旧居 1_edit

小泉八雲旧居について_edit

小泉八雲旧居 2_edit

小泉八雲旧居 3_edit

小泉八雲旧居室内 1_edit

「八雲愛用の机と椅子」
小泉八雲旧居室内 3_edit

「庭」
小泉八雲旧居庭 1_edit

小泉八雲旧居庭 3_edit

小泉八雲旧居庭 4_edit

小泉八雲旧居庭 5_edit

「小泉八雲記念館」
小泉八雲記念館 1_edit

小泉八雲記念館内_edit

「島根県尋常中学校の礎石」
島根県尋常中学校の礎石_edit

「小泉八雲遺髪塔」
小泉八雲遺髪塔 1_edit

「小泉八雲銅像」 
小泉八雲銅像 2_edit

島根県松江市北堀町 315