鎌倉幕府の初代征夷大将軍である源頼朝は,1198年12月27日,「相模川橋」の視察の帰りに落馬し,それが原因で 1199年1月13日,53歳で死去したとされています。しかしながら,鎌倉幕府の公式記録「吾妻鏡」から 1196年から頼朝が死去した1199年までの記録が欠落していることから,頼朝の死因については幾多の説が生まれ,今もって謎に包まれているといわれています。頼朝は自身の持仏堂であった「法華堂」に葬られましたが,現在のお墓は後に島津藩主・島津重豪が整備したものとされています。

「源頼朝の墓」
源頼朝の墓_解説_edit

「源頼朝公顕彰碑」
源頼朝公顕彰碑_edit
 
「石段」
石段

「源頼朝の墓」
源頼朝の墓 1

源頼朝の墓 2

「法華堂跡」
法華堂跡_edit

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神奈川県鎌倉市西御門 2-5