食で奏でる旅の記憶

~徒然なる食と旅の備忘録~

軍医でもあった明治の文豪・森鴎外は,37歳のときに旧陸軍第12師団軍医部長として小倉に赴任し,40歳で東京に戻るまでの約 3 年間を小倉の地で過ごしました。JR 小倉駅から徒歩10分ほどの鍛冶町に,森鴎外の旧居があります。家は六間から成る日本家屋で,帰京後に書いた小説『鶏』はこの家が舞台となっています。現在は「史跡森鴎外旧居」として文化財に指定され,無料で一般公開されています。

「史跡森鴎外旧居」
森鴎外旧居 1_edit

「門」

門 1_edit

「胸像」
胸像 3_edit

「縁側」
縁側 3_edit

「沙羅の木」
沙羅の木_edit

「座敷」
座敷 5_edit

「天馬行空の書」
天馬行空の書_edit

「吊階段」
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「花壇」
花壇 2_edit

「裏庭」
裏庭 2_edit

「流しとカマド」
流しとカマド 2_edit

「通り土間」
通り土間は資料閲覧スペースになっており,年譜や貴重な関連資料が展示されています。
通り土間_edit

資料閲覧スペース 1_edit

資料閲覧スペース 2_edit

「森鴎外のパネル」
森鴎外のパネル 2_edit

「森家の略系図」
森家の略系図_edit

「遺言書」
遺言書_edit

「森鴎外旧居」

森鴎外旧居 5_edit

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福岡県北九州市小倉北区鍛冶町 1-7-2

JR 小倉駅から徒歩 5 分ほどのビルの 1 階に,東の「さいとう」西の「天寿し」と並び評される寿司の名店「天寿し 京町店」があります。創業は昭和14年で,江戸前が仕上げに煮切り醤油を使うのに対して,塩とカボスで味をつける “九州前” スタイルを確立したお店としても知られています。現在では,二代目の天野功氏によって更なる高みに引き上げられた “九州前” の鮨を求めて,全国各地から寿司通が集まります。店内はカウンター 5 席のみで,一貫で完成された料理としての寿司を堪能してほしいとの思いから,お酒や一品料理は扱っていません。

「天寿し 京町店」
 店頭 3_edit

店頭 1_edit

店頭 2_edit

店内 3_edit

「キュウリ」
口直しとしてキュウリが供されます。カボスがふってあり,塩でいただきます。おかわり自由で,なくなると追加してくれます。
キュウリ 2_edit

「大トロ」
大トロ_edit

「赤イカ」
イカにはきれいな飾り包丁が施されています。上にはウニとトビコ(トビウオの卵),木の芽が添えられ,最後に色鮮やかな京都の錦ゴマがふりかけられます。こちらのお寿司は味を積み重ねていく足し算の鮨で,懐石料理のように五感で味わうことができる一貫を追求しています。
アカイカ_edit

「車海老」
半ナマに仕上げられており,最後に振りかけるカボスの爽やかな風味が口いっぱいに広がります。
車海老 1_edit

「しめ鯖」
表面を炙り,上には羅臼昆布とミョウガ,アサツキがのっています。
しめ鯖 2_edit

「フグ」
フグ_edit

「トリガイ」
大分産です。
トリガイ 2_edit

「ヒラメ」
ヒラメ 2_edit

「太刀魚」
寿司ネタとしては珍しい太刀魚を焼いて,梅肉とともにいただきます。
太刀魚 2_edit

「お吸い物」
お吸い物 2_edit

「漬けマグロ」
江戸前風に醤油ベースの漬けダレに軽く漬けています。
漬けマグロ(関東風) 2_edit

「漬けマグロ(天寿し風)」
マグロの出汁に漬けています。
漬けマグロ(天寿し風) 2_edit

「赤だし」
赤だし 2_edit

「キス」
柚子胡椒をはさんでいます。
キス 2_edit

「車海老の頭」
炭で香ばしく焼かれています。
車海老の頭 1_edit

「鯵」
玄界灘の瀬付き鯵です。粉醤油と生姜,ゴマでいただきます。 
鯵 3_edit

「粉醤油」
粉醤油 2_edit

「真鯛」
裏ごしした鯛の肝が添えられています。
真鯛 1_edit

「白魚」
昆布締めにした白魚を梅肉とともにいただきます。
白魚 2_edit

「サザエ」
炭で香ばしく炙り,オクラとともにいただきます。
サザエ 2_edit

「フグ白子」
表面を香ばしく焼いたフグの白子の軍艦です。
フグ白子 3_edit

「穴子」
穴子 3_edit

「ネギトロ」
夏の時期はネギが海ブドウに変わるそうです。
ネギトロ 1_edit

ネギトロ 2_edit

「ウニ」
宮城産です。
ウニ 5_edit

「ワタリガニ」
ワタリガニ 1_edit

「玉子」
玉子 2_edit

「メロン」
メロン 2_edit

福岡県北九州市小倉北区京町 3-11-9 

小倉城内にある「八坂神社」は祇園さま(スサノオノミコト)を御祀神とする神社で,古くから “こくらのぎおんさん” として小倉城下の人々の信仰を集めてきました。関ヶ原の戦いで徳川方の武将として活躍した細川忠興が丹後国(京都府)から小倉の地に移り,1617年に小倉藩総鎮守として小倉城の北の鋳物師町に祇園社(八坂神社)を創建しました。翌1618年には京都出身の細川忠興によって京都の祇園祭が取り入れられ,現在でも小倉祇園祭は毎年 7 月第 3 週の金・土・日に開催され,約400年の歴史を有しています。阪東妻三郎三船敏郎らが主演した映画『無法松の一生』に登場する小倉祇園太鼓はこの神社の夏の例大祭です。

「正門の大鳥居」
大鳥居 1_edit

「大石(にらみ石)」
細川忠興公が小倉城を築くとき大谷から運んできたものです。
にらみ石_edit

「木製鳥居」
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「猿田彦社」
猿田彦社_edit

「正門の楼門」
正門 1_edit

正門 3_edit

「仰木実の歌碑」
『風おちてゆふくもなひく街の空 しつかに城はそひえたちたり』
仰木実の歌碑_edit

「猿田彦社石碑」
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「参集殿と祖霊殿」
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「三斎の井」
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「お百度石」
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「丸橋清平會長の胸像」
丸橋清平會長の胸像_edit

「手水舎」
手水舎 1_edit

「授与所」
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「斎館」
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「絵馬の小路」
絵馬の小径 2_edit

「春日社と金比羅社」
春日社と金比羅社 1_edit

春日社と金比羅社 2_edit

「御祈祷殿」
御祈祷殿 2_edit

御祈祷殿 3_edit

「水之御祖社」
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「高倉稲荷社」
高倉稲荷社 2_edit

「文化財の鳥居」
文化財の鳥居 1_edit

文化財の鳥居 2_edit

「社務所」
社務所 1_edit

「儀式殿」
儀式殿 1_edit

儀式殿 2_edit

「神明神社」
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「納札所」
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「猿田彦大神」
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「三番叟」
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「恵比須社」
恵比須社 1_edit

恵比須社 3_edit

「拝殿」
拝殿 1_edit

拝殿 3_edit

「燈籠」
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「拝殿・幣殿・渡殿」
拝殿と幣殿 1_edit

拝殿・幣殿・渡殿 3_edit

「本殿」
本殿 1_edit

本殿 2_edit

「東楼門」
東楼門 1_edit

東楼門 3_edit

東楼門の前の鳥居_edit

福岡県北九州市小倉北区 2-2

JR 小倉駅から徒歩 15 分ほどのところに「小倉城」があります。その歴史は,戦国末期の1569年に中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことに始まります。その後,関ヶ原の戦いで徳川方の武将として活躍した細川忠興が小倉の地を治め,1602年から本格的な築城が始まりました。完成までに約 7 年の歳月を要し,以後,小倉は小倉藩の城下町として賑わいました。1632年,細川家が肥後国(熊本県)に転封後に播磨国から譜代大名の小笠原忠真が小倉に入国してからは,小笠原氏による統治が続きました。幕末期になると,小倉は長州征伐の第一線基地となり,1866年には自らの手により小倉城に火が放たれ,焼失してしまいました。現在の小倉城は 1959年に復元されたものです。

「虎ノ門口」
虎ノ門口 3_edit

「水堀」
水堀 1_edit

水堀 3_edit

「天守閣」
天守閣 2_edit

天守閣 4_edit

天守閣 5_edit

「大手先門跡」
大手先門跡_edit

「大手門跡」
大手門跡 3_edit

「天守閣」
天守閣 9_edit

天守閣 12_edit

天守閣 14_edit

天守閣 17_edit

天守閣 19_edit

「誠心直道之碑」
誠心直道之碑 2_edit

「本丸」
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「着見櫓(糠蔵)」
天守閣の西隣にあるのが着見櫓で,かつてはこの櫓から海を望み,沖を行き交う船を監視していました。現在は漬物処「糠蔵(ぬかぐら)」の店舗として営業しており、ぬか漬けのぬかをサバやイワシなどと煮込んだ小倉の名物郷土料理「ぬか炊き」を購入することができます。
着見櫓(糠蔵) 2_edit

「槻門跡」
槻門跡 1_edit

「西ノ口門跡」
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「井戸跡」
井戸跡 2_edit

「松の丸」
松の丸 2_edit

松の丸 3_edit

「白洲灯台」
白洲灯台 5_edit

白洲灯台 6_edit

「横山白虹の句碑」
横山白虹は俳人として活躍していた医師です。九州帝国大学医学部を卒業し,小倉市(現・北九州市)で横山外科病院を設立しました。
横山白虹の句碑 3_edit

「空堀」
空堀 1_edit

空堀 2_edit

「多聞口門跡」
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「水堀」
水堀 4_edit

水堀 6_edit

福岡県北九州市小倉北区城内 2-1

今では全国津々浦々で食べられている “焼うどん” ですが,その発祥の地は北九州の小倉とされています。小倉焼うどんの最大の特徴は乾麺を使用している点で,一般的な焼うどんよりも焼き目がしっかりついて香ばしくなっています。その歴史は終戦直後の食糧難の時代にさかのぼり,鳥町食道街の「だるま堂」店主が,焼そば用のそば玉がなかったために代用品として干しうどんを茹でて焼いて出したところ大好評だったのが始まりとされています。

「だるま堂」
JR 小倉駅から徒歩 5 分ほどの鳥町食堂街にあります。現在は御年80歳を超える二代目店主の坂田チヨノさんが一人で切り盛りしています。
店頭 1_edit

店内 2_edit

メニューは『焼きうどん』と,目玉焼き入りの『天まど』の 2 種類のみです。
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「天まど」
焼うどんに目玉焼きがのっています。
天まど 2_edit

天まど 6_edit

福岡県北九州市小倉北区魚町 1-4-17  鳥町食道街

福岡県東部に位置する小倉(こくら)は,かつては小倉藩の城下町として栄え,九州各地に通ずる街道の玄関口として大変な賑わいを見せていました。その後は ”小倉市” として北九州工業地帯の中心となり,商業のほかに軍需工業の発展もみられました。1963年,5 つの市(小倉市・門司市・若松市・八幡市・戸畑市)が合併して北九州市となり,政令指定都市への移行に伴って小倉市は小倉区となりました。1974年に小倉区は小倉北区と小倉南区に分区されたため,旧小倉市は現在の北九州市小倉北区小倉南区に相当します。1975年には山陽新幹線が開通し,1985年には日本初の都市モノレール小倉線も開通するなど,小倉は現在も北九州市の中心都市として大きく発展し続けています。

「JR 小倉駅」
JR 小倉駅 1_edit

JR 小倉駅 2_edit

「都市モノレール小倉線」
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JR 小倉駅 5_edit

JR 小倉駅 9_edit

「祇園太鼓」
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「銀河超特急999号 車掌」
漫画家の松本零士氏が小学校 3 年から高校を卒業するまでの時期を小倉で過ごしていた縁で,小倉駅には氏の代表作である『銀河鉄道999』や『キャプテンハーロック』の人気キャラクターの像が設置されています。
銀河超特急999号 車掌 2_edit

「メーテルと鉄郎」
JR 小倉駅北口に置かれています。
メーテルと鉄郎 2_edit

「メーテル」
メーテル 2_edit

「鉄郎」
鉄郎 2_edit

「キャプテン・ハーロック」
キャプテンハーロック 1_edit

キャプテンハーロック 3_edit

「森鴎外京町住居跡碑」
明治の文豪・森鴎外は,37歳のときに軍医として小倉に赴任し,40歳で東京に戻るまでの約 3 年間を小倉の地で過ごしました。その前半は JR 小倉駅から徒歩10分ほどの鍛冶町(史跡森鴎外旧居)に住み,後半は JR 小倉駅前の京町に住みました。
森鴎外京町住居跡碑 2_edit

「銀天街発祥の地」
今では日本各地にみられるアーケード付き商店街ですが,その発祥の地は小倉にあります。
銀天街発祥の地_edit

「魚町銀天街」
JR 小倉駅の南側に広がる「魚町銀天街」は,1951年10月に日本初のアーケード(屋根つき商店街)として開業し,現在も小倉の中心的商店街となっています。その名前は “銀の天井に輝く街” を意味しています。
銀天街 1_edit

銀天街 2_edit

「鳥町食道街」
魚町銀天街から東へ延びる長さ約 70メートル,幅 2 メートルほどの路地に,昭和レトロな雰囲気が漂う鳥町食堂街があります。終戦直後に一帯に闇市ができて小倉随一の飲食店街となって以来,小倉の台所として 70 年以上にわたって小倉の食を支えてきました。
鳥街食堂街 2_edit

鳥街食堂街 3_edit

鳥街食堂街 5_edit

「紫川」
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紫川 4_edit

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「鴎外橋」
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鴎外橋の『鷗』_edit

「乃木希典居住宅の趾」
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「松本零士クロスロードミュージアム」
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松本零士クロスロードミュージアム 2_edit

松本零士クロスロードミュージアム 3_edit

松本零士クロスロードミュージアム 4_edit

松本零士クロスロードミュージアム 5_edit

福岡県北九州市小倉北区・小倉南区

JR 東海道本線小田原駅から徒歩 7 分ほどのところに,創業は江戸末期という老舗のうなぎ屋さん「松琴楼(しょうきんろう)」があります。

「松琴楼」
店頭 4_edit

うなぎの重さによって値段が変わります。
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「自家製骨せんべい」
骨せんべい 2_edit

「かばやき(200g)」
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「うな重(230g)」
ふっくら蒸し上げられたうなぎは,口の中に入れた瞬間にとろける柔らかさです。タレは薄味に仕上げられており,お好みでタレを追加でかけることもできます。
うな重(230g)1_edit

うな重(230g)2_edit

うな重(230g)3_edit

「肝吸い」
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「お新香」
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神奈川県小田原市栄町 1-14-37 

JR 東海道本線小田原駅から徒歩 5 分ほどのところに,地元で人気のカジュアルフレンチのお店「フレンチ食堂 iTToku」があります。シェフの星一徳氏は箱根の「富士屋ホテル」でフランス料理の修行を積んだ方で,富士屋ホテルチェーンの最年少料理長となった経歴の持ち主です。小田原の食材はもちろん,シェフが厳選した全国各地の素材を生かしたフレンチは多くの人を魅了しています。

「フレンチ食堂 iTToku」
店頭 4_edit

店頭 2_edit

店内 1_edit

TBSの「バナナマンのせっかくグルメ」でも紹介されました。
バナナマンのせっかくグルメ 2_edit

「季節のサラダ,キノコ,キヌア」
季節のサラダ,キノコ,キヌア 2_edit

「小田原野菜のミネストローネ」
小田原野菜のミネストローネ 1_edit

「自家製パン」
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「タラと白子のソテー,片浦レモンの焦がしバターソース」
タラと白子のソテー,片浦レモンの焦がしバターソース 1_edit

タラと白子のソテー,片浦レモンの焦がしバターソース 2_edit

「豚肩ロースのベルギービール煮込み」
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豚肩ロースのベルギービール煮込み 3_edit

神奈川県小田原市栄町 2-10-17 1F